2013年7月16日「筆談しやすい方法」そうちゃんのお父さんからのメール
(そうちゃんのお父さんからのメールです)
山元加津子さん
こんにちは。そうの父親です。先日、息子は國學院大学で柴田先生に会っていただきました。今回も素晴らしい時間を過ごさせていただきました。息子はこの日も沢山の思いを柴田先生の通訳で伝えてくれましたが、今回は主に筆談訓練のことをご報告させてください。息子や私のようになかなかうまく筆談ができない方々やこれから筆談訓練を行う方々に、少しでもご参考にしていただければ幸いです。
筆談訓練を開始するにあたって、息子は「どのような姿勢を取ると書きやすいか」について柴田先生に質問しました。柴田先生は「なるべく上体を起こすこと」、「足を踏ん張れる姿勢をとることで背骨や頭を動かしやすくすること」、「ペンを持たない方の肘を踏ん張ることでペンを持つ腕を動かしやすくすること」と教えてくださいました。この日も息子は座位保持装置(クッションチェア)に座っていたのですが、クッションチェアでの座位姿勢は寝た状態に近いため上体を大きく起こすことは難しく、足は投げ出した状態で足裏にクッションを置いているので足を踏ん張ることはできず、両肘下は柔らかいクッションに支えられているため肘を踏ん張ることもできません。柴田先生のご助言で車椅子に移乗しました。車椅子はクッションチェアよりも上体を起こしやすく、装具を履いた足裏をフットレストに着床させるので足の踏ん張りが効き、両肘は固いアームレストに乗るので肘の踏ん張りも効きます。
私の介助で○を書くことにしました。クッションチェアよりも車椅子に座る方がペンを握る右肘が浮きやすく(右腕を動かしやすく)感じます。とても上手に○を書くことができました。重力に逆らってペン先が紙面を上に滑っていくのをしっかり感じとることができました。次に数字の2を書くことにしました。2の横棒線を右方向へ書くところでペンが止まりました。柴田先生が踏ん張れるように息子の左肘をアームレストの上にしっかり置き直してくださいました。しばらく待っていると息子は頭を右方向にグイッと動かしながら横棒線を書いて「2」を完成させました。横棒線を右に引こうとする息子の意思が頭の動きに表れたのです。「動け、動け!」という息子の思いと足や肘を踏ん張りやすい姿勢形成が息子の頭の動きを生み、その結果横棒線を完
成させたということです。
私はあらためてとても大切なことに気づきました。それは、息子は自分の体を動かすためには大変な労力と強い意思が必要であるということです。息子は筆談訓練のたびに、懸命にペンを持つ右腕を動かそうとしているのでしょう。たとえ上手に筆談をすることができなくても、息子の一生懸命な思いを介助者である私が感じ取ってあげることが今は何よりも大切なことのような気がしました。「2」を書いた後に、息子は「字を書くときに自分の体が反応する感覚が初めて分かった」と伝えてくれました。
筆談練習中に大学の卒業生の方が来られ、その方が息子の筆談介助をしてくれることになりました。息子はとても上手に数字の1~3や平仮名の「ふ」と「る」を書きました。卒業生の方は「確実に自分で手を動かしている」と息子のことを評価してくださいました。息子は「「ふ」は難しかったけれど「る」は簡単でした」と伝えてくれました。一筆で書ける字の方が書きやすいということなのでしょう。息子は「次は柴田先生と練習したいです」と伝え、柴田先生が介助していただくことになりました。息子は驚くほどのスピードで「しばたせんせいはふしぎなせんせいですか」と書きました。卒業生の方への質問でした。「とても不可思議な人です」と卒業生の方は答えられました。
柴田先生は「文中の「せんせい」というフレーズはある程度予測しながら介助している。「し」と「ふ」は予測が難しいので集中して力を感じ取るようにしている」という主旨のことをおっしゃられました。柴田先生や先月のきんこんの会でお会いしたお母様が行われている筆談介助と、私が行っているそれは、同じ介助でもかなり質が異なるように感じました。私は柴田先生に「私が今行っている筆談介助がより成熟すると、柴田先生やきんこんの会のお母様のような介助方法に結びついていくのでしょうか?」と尋ねると、柴田先生は肯定してくださいました(ご自身はまだまだ筆談介助はうまくないとご謙遜されていらっしゃいました)。なかなかうまくいかない日々の筆談介助において、どうしたら柴田先生やお母様のような筆談介助ができるのだろうと悩むこともありましたが、今の筆談練習を続けていく方針で良いことを確認できました。
筆談訓練時の息子の姿勢づくりについて、柴田先生がとても印象深いお話をしてくださいました。
「姿勢の形を整える(終わりの姿勢)のではなく、そこからどう動くか(始まりの姿
勢)という視点で活動姿勢は考えることが大事」
目から鱗が落ちる思いでした。私は「息子がいかに安楽な姿勢を取ることができるか」ということを最重要視していて、息子の体が右前傾してしまいがちな車椅子には極力乗らず、姿勢保持の良いクッションチェアに乗るようにしていました。それはまさに姿勢の形を整えることを重視することに他ならなかったのです。四肢麻痺の息子が自分の体を動かすことはできないという思い込みが私をそのような気持ちにさせていたわけですが、「足と肘を踏ん張って体を懸命に動かそうとする」息子の姿を確認することで、私の考え方が根本的に間違っていたということに気づかされました。医学で四肢麻痺と診断されたとしても、息子には自分の体を動かそうとする強い意思があること、そして今は僅かではありますが動かすことができるということを忘れては
ならないと自覚しました。
息子は「TVを見たりしてくつろぐときは車椅子ではなくクッションチェアに座らせてほしい」と伝えてくれました。クッションチェアはとても座り心地が良く緊張も抜けるので素晴らしい座位保持装置です。今後は「体を休める時間と活動する時間」という基準で、それぞれにおいて使用する椅子を使い分けていこうと思います。
今回も長いご報告になってしまいましたが、筆談訓練の他に、私がとても感動した柴田先生と息子のやり取りがあったので、是非ご紹介させてください。
ある当事者の方が心の中で奏でられたメロディーを柴田先生が聞き取って、それをパソコンに落とし込んで曲にしたものを柴田先生が聞かせてくださいました。あかさたなスキャンと同じやり方で柴田先生が「ドレミファソラシド、ドシラソファミレド」とおっしゃられる中で当事者の方が合図を送られるのを柴田先生が感じ取る方式でつくられた曲でした。柴田先生の通訳で自身の気持ちを言葉や詩や俳句で表現していくのと同様に音楽で表現をすることもできる、そのことに無限の可能性を感じて、とても嬉しくなりました。息子が心の中で奏でたメロディーを柴田先生が聞き取ってくださいました。その曲は「菜の花畑に入日薄れ~」おぼろ月夜でした。
息子は柴田先生に「先生の夢はなんですか?」と尋ねました。柴田先生は、みんなが言葉を持っていることをたくさんの人たちに理解してもらうこと、その時はみんなで大発表会をしたいという主旨(柴田先生、表現が誤っていたら申し訳ありません)のことをおっしゃられました。ああ、柴田先生はなんて優しく素敵な方だろうと私も妻も感動いたしました。その日が来るのは遠い未来のことではないと感じます。その日の為に私ができることをしっかりと考えていきたいと思います。
そう「字を書くのに背骨を動かすということですか?」
柴田先生「極端にはそういうこと。書道では背骨を動かして字を書く」
なるほど。
素晴らしい。
(そうの父親)